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僧俊寛の墓  (そうしゅんかんのはか)

内容・解説

 平安時代に京都鹿ケ谷で平氏(平清盛)討伐を企てた鹿ケ谷の陰謀に失敗し、喜界島に流刑になった源氏の流れの高僧、俊寛の墓です。喜界島で流人生活を過ごした俊寛は1180年(治承4年)37歳の生涯を喜界島のこの地で終えました。 この地を「ボーズンメ(坊主前)」と呼び、花や線香が絶えることなく供えられています。
 墓石の下からは人骨も発見されました。人骨を調査した結果、島外の相当身分の高い人物であったこと、刀傷があったことから、俊寛本人の人骨ではないかと言われています。

基本情報

Infomation

住所 鹿児島県大島郡喜界町湾
設備 なし
交通手段 喜界空港から車5分、自転車10分
駐車場 なし

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