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  VOL.03  〜時本ひとみ(トキモト ヒトミ)さん〜

第三回目の島んちゅは沖縄の伝統芸能「琉球舞踊」に魅せられ、単身沖縄へ渡り本格的な稽古に励む「時本ひとみ」さん。 今回は時本さんの琉球舞踊へ対する思い、島外での生活、故郷「喜界島」への思い等々語っていただきました。 また9月には照屋倫子琉舞道場一同による「琉球舞踊喜界島公演」を予定しており、時本さんとしては故郷、喜界島での初の公演に力が入る。

Q:琉球舞踊を始めようと思ったきっかけは?

A:6年前(平成15年)、喜界島で照屋倫子琉舞道場一同による「奄美諸島本土復帰50周年記念公演」が行われました。 その時、「琉球舞踊」というものを初めてライブで見て
「私はこれをやらなきゃいけない!」
「私はこれをやるべきだ!」
と、直感しました。 公演後、直接照屋先生のところに赴き、そのとき感じた感動、想いをありのままに伝え、 弟子にしていただくことをお願いし、単身、沖縄に行くことになりました。



Q:実際、琉球舞踊を習いはじめて、どうだったか?

A:実際、道場に通い始めるまでは「伝統芸能は敷居が高く、地元の人が幼少の頃から習い、育んでいくもの」という先入観があり、 正直、「私にできるだろうか?」という不安がありました。 ですが照屋先生の「習い始めて半年しかならない子も舞台に立っている」という言葉を聞き、安心 して稽古を始める事ができたのを覚えています。

Q:沖縄での生活は?

A:昼は診療所で看護師の仕事、夜は舞踊のお稽古と、大変慌しい日々を送っております。 沖縄、とりわけ那覇は、喜界島とは時間の速さが違い、住み始めた時は、戸惑うことも多かったです。

Q:時本さんにとって、喜界島とは?

A:那覇で、慌しい日を送っていることもあり、喜界島は、「日常」のスイッチをオフに出来るところであり、 心の中を綺麗にリセットしてくれるところです。 未だ、変わっていないところも多々あり、そこで、懐かしさを感じることの出来る「かけがえのない故郷」 であり「愛すべき島」です。

Q:喜界島で、思い入れのある場所は?

A:中里出身ということもあり、「スギラビーチ」です。

Q:将来の夢は?

A:喜界島には、様々な民話・伝承・昔話があります。それらを題材にした舞台をプロデュースしたいと思っております。 平田大一さんの演出する「肝高の阿麻和利」のような舞台をイメージしています。

Q:今後の目標は?

A:琉球舞踊の教師資格でもある「沖縄タイムス 最高賞」を獲得することが身近な目標です。(現在、時本さんは「優秀賞」) ここ2年が勝負どころだと思って、日々の稽古にも、いっそう気合を入れて取り組んでおります。
また、今年の9月22日には喜界島で琉球舞踊の公演が行われます。 琉球王朝時代から何百年と受け継がれてきた文化であり、 1609年以前、琉球王朝の支配下にあって、 廃藩置県後の現在でも琉球文化が色濃く残る喜界島の方々にも何か通ずるものがあるのではないかと思います。
公演では、喜界島で文化活動を行う方々にもにも協力いただき、沖縄と喜界島の文化交流の架け橋になればと願っております。


時本ひとみ プロフィール
昭和54年11月15日生まれ。中学校(第一中学校)までを喜界島で過ごし、鹿児島本島の高等学校衛生看護科へ入学、衛生看護専攻科卒業後は 喜界島内の病院に入職する。
平成15年1月に師匠である照屋倫子琉舞道場一同の喜界島公演「うむいぬかけ橋」 を観覧し、感銘を受け以後沖縄へ移住。 琉球舞踊を始め、 平成16年に「沖縄タイムス芸術選賞新人賞」受賞、 平成20年には「沖縄タイムス芸術選賞優秀賞」を受賞し 現在、琉球舞踊の教師免許取得を目標に修行中。

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