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  VOL.05  〜東郷晶子(トウゴウ アキコ)さん〜

島んちゅ紹介第五回は、去年の皆既日食前夜際のステージで圧倒的なパワーとソウルで強烈な存在感を示し、 島内そして島外からのお客さんにも「あの娘はだれ?!」と一躍注目を浴びたソウルシンガー「東郷晶子」さんです。

Q.まず最初に、音楽に触れたきっかけやルーツなど詳しく聞かせてもらえますか。

A.喜界教会で4歳から高校を卒業するまでピアノを習っていました。歌を歌うようになったのは 高校卒業後、山口県の大学に進学して、ジャズ喫茶でバイトをするようになったのがきっかけです。 あと、喜界教会の紹介で近くの教会でオルガンをひきながら賛美歌を歌ったりもしていました。



Q.高校時代は全く歌を歌う事はなかったのですか。

A.カラオケは好きでよくいってましたが、まさか自分がステージに立って人前で歌うようになるとは思ってもいませんでした。 実際、島外での音楽活動(シンガーとして)の事を島の家族に話した時には「えーっ、あんたが!」と、とてもびっくりしていました。

Q.子供の頃は、どんな子供だったのでしょうか?

A.よく「変わってる子」と言われてました。突然、変な事を言ってみんなに笑われてしまったり・・。 それがコンプレックスでもありました。 どちらかというと外にでて遊ぶ事より、一人で家の中で音楽を聴いていたりするのが好きだったと思います。


Q.山口から拠点を移し現在は神戸で音楽活動を行っているとの事ですが神戸を選んだのには理由があるのでしょうか?

A.直感でした。知り合いがいる訳でもなく、家から仕事までインターネットで探しました。

Q.今後は、大阪そして東京などに活動の場を広げていくという事も?

A.大阪、東京はもちろん、日本各地、そしてニューヨークやニューオーリンズ、 ケニアなど、世界中のいろんな街でライブがしてみたいと思っています。

Q.よく聴くアーティストまたは影響を受けたアーティストがいれば教えてください。

A.昔からよく聴いていた音楽は「ダニー・ハザウェイ」や「アース・ウインド&ファイヤ」などです。 また最近では、神戸を拠点に活動されている有名なベテランべーシスト、「天野SHO」さんの音楽性はもちろん、 その人間性にも大きな影響を受けました。始めてSHOさんに出会った時から何か特別な物を感じ、 いつかこの方とは同じステージに立つ事があるのではと、直感的に感じていました。 そんな中、今年(2010年)の3月に共演させてもらう機会を頂き、その時の直感が現実となりビックリしました。 また、この時のライブでSHOさんのもつ音楽の世界観には本当に大きな衝撃を受けました。
私の中にある音楽や生き方に対する迷いもSHOさんに頂く言葉にはいつも助けられ、勇気づけられています。

Q.高校卒業後、ジャズ喫茶で働こうと思った理由、またはジャズやソウルに出会ったきっかけみたいなのがあれば教えてください。

A.中学時代、島の図書館にあったジャズのアルバム(エラ・フィッツジェラルド)を借りて聞いてみたら、とても心地良い感覚を覚え好きになりました。 でも、高校時代は同世代の子達が聞くようなJ-POPなんかも買って聞いていましたし、ジャズ喫茶で働いている時も、決してジャズシンガーになりたいと思っていたわけではありません。 今でも、これといったジャンルにこだわっている訳ではなく、自分の中にあるソウルや自分が伝えたい事をストレートに表現できる音楽をジャンルに括らずやっていきたいと思っています。

Q.曲は自分でも書くのでしょうか?

A.はい。亡くなったおじいちゃんを想って作った曲など、何曲か作りためています。



Q.晶子さんのステージではアドリブの歌詞がどんどん飛び出してくるのも魅力の一つで、その歌詞に共感を 得る人達も多いようです。そんな自然と出てくるアドリブの歌詞や曲を作る上での核になっているテーマ みたいなものはあるのでしょうか?

私達アーティストは同じような思いを抱いている人達の代弁者なのだと思っています。私の歌を聴きに来てくれる人に「共感」してもらえたり、または「楽しい」「悲しい」「可笑しい」どんな感情でもいいから感じてもらえると嬉しいです。 アドリブででる歌詞も、その時の感情をもっとうまく表現できるようにボキャブラリーに磨きをかけていきたいと思っています。

Q.晶子さんがよく歌う「もしも花だったら」という曲はとても印象的な歌だと思うのですが、この曲について教えてください。

A.この曲は友人から授かった大事な曲で、自分でも大好きで良く歌わせてもらっています。 この曲に関しては沢山の方々に関心を持って頂いている曲でもあり、お問い合わせも多いので、どういう形になるかは解りませんが、 なるべく早く、遅くとも今年中には皆様のもとにお届けできるように準備を進めています。

Q.今後の展望や目標は?

A.何十年も先の話ですが、自分の中での本当の最終目標としてあるのは喜界島で、島の子供達が音楽の才能を伸ばせる場を作り、そして伸ばした才能を生かせるチャンスを与えられるような人間になりたいという事です。 そのためには自分がもっともっと大きくならなければいけないので、これからも頑張り続けたいと思っています。 近いところでの目標としては自分の「マイスタジオ」を持ちたいという事でしょうか。 喜界島のように自然豊かな静かな所でリラックスして曲作りができればいいなと思っています。


Q.喜界島では去年の「皆既日食前夜祭」で初めて晶子さんの事を知ったという人も多いと思います。今後、喜界島での音楽活動は?

実は私にとって「喜界島」というのは一番重みがあって、プレッシャーの掛かるステージなんです。 島外で歌手活動をしているという事を島の人達には知られたくなかったぐらいですから・・。 島で歌うようになって数年経ちますが今でも恥ずかしいのと気持ちいのと両方の気持ちがあります。 でもそれじゃいけない、喜界島でもどうどうと歌えるようになりたいと思っています。

Q.晶子さんの音楽や感性に喜界島の環境が与えた影響は?

A.それはとても大きいと思います。ある時、先ほどお話した天野SHOさんに「晶子ちゃんの歌にはなにか波の音のような、 "海のエネルギー”が伝わってくる」というような事を言われた事があります。自分でも、 自分の音楽の根源には島の自然の音、「波」「雨」「風」の音が少なからず影響しているような気がしています。

Q.晶子さんにとって、喜界島とは?

A.私自身と、対話できるところ。大切なものは何か、思い出させてくれます。

Q.喜界島で好きな場所は?

A.おばあちゃんの家がある城久集落はとても好きな場所です。

Q.今後、喜界島に「こうなって欲しい」みたいな事はありますか?

A.正直、今と何も変わらない美しい島であって欲しいと思います。でも、島に住む人達で変えていかなければいけない事もあるのでしょうし、複雑な気持ちです。 ただ、テーマパークみたいなのが沢山できて、島の自然が壊れてしまうような事にだけはなって欲しくありません。 喜界島が本来持っている輝きをそのままに、進化していってほしいです。


Q.喜界島の人ってなにか大人しかったりというか、環境も含めて癒し系というか、 そんなイメージをもたれる事も多いようですが、晶子さんの音楽は ソウルフルでパワフルですよね。そんな晶子さんから喜界島の人にメッセージみたいな物はありますか?

A.新しい自分を試すことは、少し恥ずかしくて勇気がいるけど、一緒に一歩、前に踏み出しませんか? そこからは、きっと新しい島の景色が見えるはず。よ〜りよ〜り、いきましょう!


Q.最後にライブ情報やファンからのメッセージ等はどちらに?

A.最近、ホームページを開設しまして、そこでライブ情報等も配信していきます。
contactのページからメッセージ等も受け付けていますし、ブログも書いていますので、コメント頂けると嬉しいです。


 >>東郷晶子さんの動画はこちら


東郷晶子 プロフィール

・喜界町赤連出身

・喜界高校を卒業後、進学で山口県山口市へ。同時にジャズ喫茶「ポルシェ」にてアルバイトもはじめる。

・2007年春、心の奥からかきたてられるような衝動を感じ、直感を信じて、神戸に移住を決める。

・ピアノ弾き語りや、コンボ、ビッグ・バンドでライブ活動をしている最中、2009年春、天野SHO氏と出会い強く影響を受ける。

更に詳しくは「東郷晶子オフィシャルサイト」で。
http://akiko-togo.com/top/index.html

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